2006年09月21日
意見主張
インターネットを利用した意見の発信は面白いな、と思う。普段は何気なく会話している中では、大して真剣にならないが、ブログ等の情報媒体の場合は真剣に考えたり、真剣な意見を交換できたりする。そいういうのって素晴らしいなと思ったりする。安易に使うと、大変なことになるが(2chにおけるブログ炎上など)。
ブログが当初出てきたときは、インターネット上で激しい議論がされたということを聞いたことがある。今までのWebサイトのあり方や問題を議論したということだが、面白いな~と思ったり。私は結構人の意見を聞いたりするのが好き。確かに絶対に自分では認められない意見、自分という存在、あり方を根底から覆すような意見は素直に認められない場合があるが、基本的には認める場合が多い。
様々な意見を知ることで、認めることはできなくても自分という器や世界観が広がっていく気がする。そして、また歳をとったと実感してみたり。
話は少し脱線するが、幼い頃から親の部屋と離れて寝かされた子供は言語発達に遅れが出たりしたそうです。周りの子供達は、言語発達して活発に動き回り、知能も少しづつ高くなっていっているのに離された子供は言語発達も遅れ、知能も同年の子と比べて極端に低かったという事例がある。親は自立のために、早い段階で子供を1人で寝かせたそうだがそれにより言語発達に遅れが出たりしてしまった。その後、親は医者(だったかな?)に相談して、「今まで以上に子供に接してあげなさい」という指示を受けてその通りにしたら、言語発達も周りの子と同じくらいになり、知能も少しづつ上がっていったそうな。
上の話のように、知能を高めたり、言語発達や高度な思考を生み出すにはやはり他者の意見を知ることにある。自分中で考えられることなんて至極僅か。書籍だったり、ドラマだったり媒体はいかなるものでも構わない。他者の意見を知ることで己の器や世界観が広がる。それがとても面白いことだし、嬉しいことだったりする。
話はさらに飛ぶが、何事も経験経験だと思って1日1日を過ごしてみると案外楽しいことに気がついた。くだらない談笑や休憩中の遊戯にも意義を見出せる。辛いことは辛いし、苦しいことは苦しいけどそれを経験だと思えば後にそれも経験だと笑える。
今日が楽しい。明日もきっと。楽しい日々なんていつ消えるか分からない。いつ自分が死ぬかも分からないご時世なんだから、明日の心配するよりは今日を楽しくすごして、今日を明日に持ち込まない精神が楽しく過ごすコツなのかもしれない。(といいつつ、今日提出の書類を明日に持ち越したりしているが)
後悔先に立たずという言葉がある。分かっているけど難しい。後悔するななんて無理。今思えば、後悔は沢山ある。ただ、これからは後悔のないように善処する。それが私の今のモットー。
面白い日々がいつまで続くか、この平凡で楽しい日々がいつ終わるか。この幸せは永久に続くか。そんなことを考える暇があるならば、その間に別のことをすればいい。そういう生き方を目標に。
- by 山カズ
- at 20:54
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